こんにちは、今日は大物実業家、石橋正二郎氏(いしばししょうじろう)についてお話したいと思います。 ブリヂストンと言ったらあなたもご存じの、あのタイヤメーカーです。 ブリヂストンのタイヤは世界に誇れるタイヤで素晴らしいですよね。

ブリヂストンとは?

とりあえず、ブリヂストンのタイヤがどんなものか、ご紹介していきたいと思います。 ブリヂストンのタイヤは、日本のタイヤメーカーです。 ブリヂストンは、国内でトップシェアを獲得した後、海外にも進出しました。 特に、1988年に米国第2位のタイヤメーカー「ファイアストン」社を買収したことで、世界最大級のタイヤ製造及びゴム加工会社になりました。

その後も、技術革新や事業多角化を進め、タイヤだけでなく、化工品やスポーツ用品など、さまざまな分野で活躍しています。 世界最大級のシェアを持ちます。高品質で信頼性の高いタイヤを製造していて、F1やモータースポーツにも参加しています。 世界最大級って、凄いですよね。実は、私、それ程まで凄いタイヤとは知りませんでした。名前は知っていたものの畏れ多いですね、ブリヂストンって。ブリヂストンに土下座です。すみませんでした。

ブリヂストンは、1931年に福岡県久留米市に創業したタイヤメーカーです。社名は、創業者の石橋正二郎氏の名字にちなんで、「ブリッジ」と「ストーン」を組み合わせたものです。名前の由来、素敵ですね。 石橋氏は、最高の品質で社会に貢献するという社是を掲げ、日本のゴム工業や自動車工業の発展に貢献しました。

▼石橋文化センター(福岡県久留米市)

石橋正二郎氏について

石橋正二郎(いしばししょうじろう)氏は、1889年に福岡県久留米市に生まれ、1976年に東京で亡くなられています。 ブリヂストンの創業者です。足袋製造から始めて、ゴム工業や自動車工業に進出しました。

日本のゴム工業や自動車工業の発展に多大な貢献をしました。2002年に日本自動車殿堂入り、2006年に米国自動車殿堂入りを果たしました。 文化事業にも取り組み、美術館や文化センターの建設、教育機関への支援など、また、財団法人石橋財団を設立して、文化や芸術の振興に努めました。

▼石橋文化ホール(福岡県久留米市)

石橋正二郎氏の豪華な親戚
プロフィールを見て驚きます。 まずはご家族からご紹介していきます。

  • 兄:石橋重太郎(日本足袋・日本ゴムの経営者)
  • 弟:石橋進一(日本ゴムの経営者)
  • 長男:石橋幹一郎(ブリヂストンの2代目社長・会長)
  • 長女:石橋安子(鳩山一郎元首相の長男・鳩山威一郎の妻、井上和子・鳩山由紀夫・鳩山邦夫兄弟の義母)
  • 二女:石橋典子(ブリヂストンの副社長・成毛収一の妻)
  • 三女:石橋啓子(ブリヂストン液化ガスの常務・郷裕弘の妻)
  • 四女:石橋多摩子(ブリヂストンの専務・石井公一郎の妻)

四人の娘がいましたが、そのうち長女の安子さんと次女の典子さんが結婚しています。 安子さんの旦那さんは、鳩山一郎元首相の長男で、政治家の鳩山威一郎さんです。安子さんと威一郎さんは、1942年に結婚しました。

安子さんは、井上和子、鳩山由紀夫、鳩山邦夫の三兄弟の義母でもあります。 典子さんの旦那さんは、ブリヂストンの副社長を務めた成毛収一さんです。典子さんと収一さんは、1946年に結婚しました。典子さんは、ギタリストの成毛滋や漫画家の成毛厚子の母親でもあります。 凄い親族関係ですよね。

石橋財閥とは

石橋財閥は、ブリヂストンを中心として、日本ゴム、アサヒコーポレーション、ブリヂストンサイクル、ブリヂストンスポルディング、旭興産など、さまざまな分野の企業を傘下に持っていました。

石橋正二郎氏の子孫や親族も、これらの企業の経営に関わっていました。石橋財閥は、戦後の財閥解体で分割されましたが、その後も一族の経営力は高く評価されていました。

石橋正二郎氏の挫折と困難

様々な挫折と困難を経験しました。 あれだけ世界に誇れるものを作ったのですから、相当の挫折と困難だったのでしょう。

・1914年(大正3年)、第一次世界大戦が勃発し、物価が高騰しました。石橋氏は、事前に原料を大量に仕入れていたため、足袋の売り上げは好調でしたが、その一方で、原料の値上がりによって多額の負債を抱えることになりました。

・1936年(昭和11年)、日本足袋の社長でもあった石橋氏は、ゴム靴の生産を始めるために、横浜に新工場を建設しました。しかし、供給過剰を理由とする業界団体からの要請や、天然ゴムの割り当て制度の変更などによって、この計画は挫折しました。

・1941年(昭和16年)、太平洋戦争が始まり、ブリヂストンの工場は軍需品の生産に転用されました。石橋氏は、自動車タイヤの技術を維持するために、自らの資金で研究所を設立しましたが、戦争の激化によって、研究所も空襲に遭い、多くの資料や設備を失いました。 戦争も経験された中の事業の継続は大変な物だったでしょうね。これらの困難にもめげず、技術の改良や事業の拡大に努めたようです。

石橋正二郎氏の性格について

さぁ、少しでも成功者の性格を知って、私も人生の成功者になりたいものです。
どんな性格だったでしょうか? 非常に粘り強く、情熱的で、挑戦的な人物でした。足袋製造から始めて、ゴム工業や自動車工業に進出し、日本の産業の発展に貢献しました。

自分の夢を実現するために、常に技術の革新や事業の拡大に努めました。また彼は、謙虚で、控えめで、気取らない人物でした。自分の偉さを表そうとせず、言葉を慎み、人に尊敬され、親しまれました。威張りや虚勢を嫌い、孤立や人望の喪失を避けました。

最初の方でもお伝えしましたが、文化や芸術の振興に努めていて、多くの人に感銘を与える人物だったのだと分かります。 人的にもとても素敵な方だったご様子が伺えます。

終わりに

いかがでしたか? 世界シェア最大級を誇る実業家石橋正二郎氏の成功のエッセンスに触れ、あなたの今後の成功への道へ少しでもお役に立てる情報を貰えたでしょうか?

肝心の、あなたの車のタイヤも、次回のタイヤ交換時には、ブリヂストンタイヤへ変更へと、もう他のメーカーなどとの選択に迷うことはありませんね。 世界にシェアされる程の、日本人の技術の高さがあるってことは、本当に凄いことです。 今後も世界の車業界でのプロや一般人にも愛されていくタイヤになると思われます。

現在、ブリヂストンは、ブリヂストンタイヤソリューションジャパン株式会社(BTSJ)となっています。BTSJは、2020年10月1日に、ブリヂストンタイヤジャパン株式会社(BTJ)から社名を変更しました。BTSJは、タイヤの卸販売事業とソリューション事業の2つのビジネスユニットに再編されています。

代表取締役会長は東正浩氏、代表取締役社長は久米伸吾氏です。 ブリヂストンタイヤソリューションジャパンの売り上げは、2020年12月によると、2257億4500万円とのことです。凄い売り上げですね。 そろそろ自分の車もオイル交換はほんとにしないといけない時期です。タイヤの溝も確認しなくてはと思います。 今日もお読みいただきありがとうございました。